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頑張る公務員
このたびの震災で
公務員の皆さんの頑張りには
いたく心を打たれました。
本当によくやってくれています。
震災直後も今も
奮闘の毎日だと思います。
地方公共団体の職員はほとんどが地元の出身者。
それは沿岸部や小さな町村になるほどその傾向が強いといえる。
自らが被災しながら
家族のことも気になるだろうに
職責を全うされる皆さんにはただただ頭が下がりました。
あれは確か東松島で
遺体の火葬が間に合わずいったん土葬にふされることとなったとき
その様子を報道した新聞の写真に心打たれた。
土葬される棺の一つ一つに花束が添えられていたから。
またある時は身元不明者を収容した遺体安置所で
遺体は丁寧に汚れを拭われ白木の棺に納められ、
遺品の一つ一つが発見時の状況を記したものとともに
ビニール袋に梱包され、
整然と安置されているその様子に。
混乱を極める現場で
無限のように押し寄せる「やるべき案件」のなか、
同僚すら犠牲になるなどして戦力も失っているはずの地元公共団体の職員。
亡くなった方や家族や友人を亡くした方に対するその心遣いに
有難くて思わず手を合わせる気持であった。
昨日仕事で仙台市の青葉区役所に出向いた。
高速道路の無料化がらみで
り災証明を求める人で相変わらずごった返している。
医療機関の一部負担金免除申請や仮設住宅の申し込み、
その他もろもろの用件を携えて区民がやってくる。
私の周りは日常が戻っているけれど、
改めて思い知らされる非日常の続く人々の多さ。
全国各地の応援の職員の皆さんも有難う。
そのほか、
国、県のレベルでも次々と
打ち出す施策、通達。
(仕事としてそれらを追うのは大変だけれど)公務員、すごい。それに早い。
皆さんお疲れが出ませんように。
やっぱりこの国は良くも悪くも官僚国家。
そしてそれで十分だと、今は思う。
少なくとも、わけのわからないやつに「政治主導」などされている場合ではない。
公務員の皆さんの頑張りには
いたく心を打たれました。
本当によくやってくれています。
震災直後も今も
奮闘の毎日だと思います。
地方公共団体の職員はほとんどが地元の出身者。
それは沿岸部や小さな町村になるほどその傾向が強いといえる。
自らが被災しながら
家族のことも気になるだろうに
職責を全うされる皆さんにはただただ頭が下がりました。
あれは確か東松島で
遺体の火葬が間に合わずいったん土葬にふされることとなったとき
その様子を報道した新聞の写真に心打たれた。
土葬される棺の一つ一つに花束が添えられていたから。
またある時は身元不明者を収容した遺体安置所で
遺体は丁寧に汚れを拭われ白木の棺に納められ、
遺品の一つ一つが発見時の状況を記したものとともに
ビニール袋に梱包され、
整然と安置されているその様子に。
混乱を極める現場で
無限のように押し寄せる「やるべき案件」のなか、
同僚すら犠牲になるなどして戦力も失っているはずの地元公共団体の職員。
亡くなった方や家族や友人を亡くした方に対するその心遣いに
有難くて思わず手を合わせる気持であった。
昨日仕事で仙台市の青葉区役所に出向いた。
高速道路の無料化がらみで
り災証明を求める人で相変わらずごった返している。
医療機関の一部負担金免除申請や仮設住宅の申し込み、
その他もろもろの用件を携えて区民がやってくる。
私の周りは日常が戻っているけれど、
改めて思い知らされる非日常の続く人々の多さ。
全国各地の応援の職員の皆さんも有難う。
そのほか、
国、県のレベルでも次々と
打ち出す施策、通達。
(仕事としてそれらを追うのは大変だけれど)公務員、すごい。それに早い。
皆さんお疲れが出ませんように。
やっぱりこの国は良くも悪くも官僚国家。
そしてそれで十分だと、今は思う。
少なくとも、わけのわからないやつに「政治主導」などされている場合ではない。
てんでんこ
このたび初めて知った言葉。
てんでんこ。
「地震てんでんこ」
「津波てんでんこ」
石巻の沿岸部での防災教育で語り継がれている教えだ。
地震や津波など大きな災害にあったときには
それぞれ一人一人がてんでんに自分の身を守りなさい。
家族のことは考えず、てんでんに逃げなさい。
てんでんに逃げて高いところで待っていれば必ず助けが来るから。
それが結局は家族やみんなの身を守るから。
小学校と中学校が隣接している石巻のある地域では
この教えに従い避難した小中学生に一人の被害も出なかった。
まずは、グラウンドで部活をしていたサッカー部員がいち早く校庭を高台に向かって走り出したそうだ。
この行動がほかの子どもたちの避難行動を引き起こすきっかけとなる。
大きな事故や災害時の心理状態としてよく言われるのが
「正常化の偏見」だ。
ショックを受けてパニックになりそうな心に
「大丈夫、大丈夫、そうたいしたことにはならないはずだ」
と心のバイアスをかけ平静を保とうとするのだそうだ。
平静を保つことはいいことだ。
でも、起きていることを矮小化してとらえようとしたがる心の動きは問題だ。
そのために避難が遅れるからだ。
しかし、先頭を切っててんでんに走り出したサッカー部員のおかげで
小中学校の子どもたちは速やかな避難行動に移れたわけだ。
さらに、避難指定場所に着くも、さらに高い場所を目指すことにして
中学生や小学校の上級生が低学年の子どもの手を引いて、より安全な場所への移動を完了したのだそうだ。
これは日ごろから小中合同での避難訓練の賜物だとのこと。
この2校で被害にあったのは、保護者が迎えにきて、別行動で帰宅した子どもだけだという。。。
一方で
皆さん報道でご存知と思うが全校児童の7割が痛ましいことになってしまった小学校がある。
こちらの場合は、親が迎えに来た子供たちはすぐに学校を離れたために無事であった。
実はこんなことがあった。
ご近所の友人に震災の後会ったときに謝られたのだ。
彼女の息子とうちの末っ子は同じ高校。
震災の時、たまたま高校の近くの市営テニスコートでテニスをしていた彼女は
どうせなら、と、自分の息子を車で連れ帰ったそうだ。
「私も冷静なようで慌ててたんだよね~、耕周君を乗せてくることを思いつかなくて、ごめんね~」と。
家も近いし、幼稚園からの長い付き合いだ。
二人は一緒に空手にも通っていたし、空気のようにお互い自然に接することができる親しさを持つ一方で、にぎやかで活発なうちの息子と、静かで穏やかで超秀才の彼とは、クラスも部活も違えば友人関係も違うし、それぞれである。
それになんといっても高校生である。自分のお尻は自分で拭けます。
私はそんなこと思いもよらなかったので、恐縮する彼女に逆にびっくりするくらいであった。
しかし、
その後いろんな報道を見るにつけ、彼女が心を痛めて心配したこともわかる気がした。
7割の子どもが犠牲になった小学校、親が連れて帰って無事だった親子は、しばらく自宅から出られなかったそうだ。
「申し訳なくて」
二つの意味があったと思う。
「うちの子だけ無事で」
という思い。
そして
「どうして、うちの子もつれてきてくれなかったの?」
という
お子さんを亡くしたご近所の親御さんのお気持ちへの思い。
だけど、私は思う。
人知の及ばぬ大災害の前で何が正しくて何が間違っているか、
避難ひとつとってもその判断は難しい。
だからこそ、
「てんでんこ」
であるべきなのだと。
実際、小中学校在校生がみんな助かったあの地区で、
親御さんに連れられて帰り被災された親子が
親切心からほかの誰かを連れていたら
どうやっても恨みを残すばかりである。
この言葉を一人一人が実践することが大切なのだと
改めて思うのだ。
てんでんこ。
「地震てんでんこ」
「津波てんでんこ」
石巻の沿岸部での防災教育で語り継がれている教えだ。
地震や津波など大きな災害にあったときには
それぞれ一人一人がてんでんに自分の身を守りなさい。
家族のことは考えず、てんでんに逃げなさい。
てんでんに逃げて高いところで待っていれば必ず助けが来るから。
それが結局は家族やみんなの身を守るから。
小学校と中学校が隣接している石巻のある地域では
この教えに従い避難した小中学生に一人の被害も出なかった。
まずは、グラウンドで部活をしていたサッカー部員がいち早く校庭を高台に向かって走り出したそうだ。
この行動がほかの子どもたちの避難行動を引き起こすきっかけとなる。
大きな事故や災害時の心理状態としてよく言われるのが
「正常化の偏見」だ。
ショックを受けてパニックになりそうな心に
「大丈夫、大丈夫、そうたいしたことにはならないはずだ」
と心のバイアスをかけ平静を保とうとするのだそうだ。
平静を保つことはいいことだ。
でも、起きていることを矮小化してとらえようとしたがる心の動きは問題だ。
そのために避難が遅れるからだ。
しかし、先頭を切っててんでんに走り出したサッカー部員のおかげで
小中学校の子どもたちは速やかな避難行動に移れたわけだ。
さらに、避難指定場所に着くも、さらに高い場所を目指すことにして
中学生や小学校の上級生が低学年の子どもの手を引いて、より安全な場所への移動を完了したのだそうだ。
これは日ごろから小中合同での避難訓練の賜物だとのこと。
この2校で被害にあったのは、保護者が迎えにきて、別行動で帰宅した子どもだけだという。。。
一方で
皆さん報道でご存知と思うが全校児童の7割が痛ましいことになってしまった小学校がある。
こちらの場合は、親が迎えに来た子供たちはすぐに学校を離れたために無事であった。
実はこんなことがあった。
ご近所の友人に震災の後会ったときに謝られたのだ。
彼女の息子とうちの末っ子は同じ高校。
震災の時、たまたま高校の近くの市営テニスコートでテニスをしていた彼女は
どうせなら、と、自分の息子を車で連れ帰ったそうだ。
「私も冷静なようで慌ててたんだよね~、耕周君を乗せてくることを思いつかなくて、ごめんね~」と。
家も近いし、幼稚園からの長い付き合いだ。
二人は一緒に空手にも通っていたし、空気のようにお互い自然に接することができる親しさを持つ一方で、にぎやかで活発なうちの息子と、静かで穏やかで超秀才の彼とは、クラスも部活も違えば友人関係も違うし、それぞれである。
それになんといっても高校生である。自分のお尻は自分で拭けます。
私はそんなこと思いもよらなかったので、恐縮する彼女に逆にびっくりするくらいであった。
しかし、
その後いろんな報道を見るにつけ、彼女が心を痛めて心配したこともわかる気がした。
7割の子どもが犠牲になった小学校、親が連れて帰って無事だった親子は、しばらく自宅から出られなかったそうだ。
「申し訳なくて」
二つの意味があったと思う。
「うちの子だけ無事で」
という思い。
そして
「どうして、うちの子もつれてきてくれなかったの?」
という
お子さんを亡くしたご近所の親御さんのお気持ちへの思い。
だけど、私は思う。
人知の及ばぬ大災害の前で何が正しくて何が間違っているか、
避難ひとつとってもその判断は難しい。
だからこそ、
「てんでんこ」
であるべきなのだと。
実際、小中学校在校生がみんな助かったあの地区で、
親御さんに連れられて帰り被災された親子が
親切心からほかの誰かを連れていたら
どうやっても恨みを残すばかりである。
この言葉を一人一人が実践することが大切なのだと
改めて思うのだ。
支援物資
発災以来、
メールや手紙や電話や
いろんな形で
夫や私の懐かしい友人が連絡をくれた。
このブログでも、見知らぬ私を案じてくださった皆さんがいる。
本当に有難い。
有難うございます。
何回言っても言い足りません。
この感謝をどのように表したらいいのかわかりませんが
私なりの貢献をすることで
お返しとさせていただくことを
許していただきたいと思っています。
専門分野でのわずかばかりの貢献ですが、
機会がある限り続けていきたいと思っています。
ある日大きな段ボールが届く。
東京に住む、
学生時代の友人からだ。
すぐにあけると
出てくる出てくる、支援物資。
レトルト食品や軍手やマスク、
お菓子に日持ちするお惣菜に缶詰。
そして銀座ウエストのリーフパイの詰め合わせ。
「こんな時に役に立つのか、迷惑にならないか、
わからないけれど、いてもたってもいられなく、
手当たり次第送ります。
甘党の私なので、つい甘いものが多くなっちゃいました。」
そんな手紙が添えてある。
「みなちゃ~~~~~ん(涙)」
泣きました。
まずは気持ちが嬉しくて。
まるでお母さんみたいじゃないか!
当初被災地宛の荷物の発送は受け付けられなかったと
千葉に住む母から聞いていた。
「送ろうと思ったら断られちゃったのよ」
まったくそのとおりで、
宅配便が届かないうちは物流がうまく回らないから被災地はモノ不足で
逆に、宅配便が回復するころには、被災地でも大抵のものが手に入るようになっている。
だから、たくさんの人から必要なものを送るという有難いお申し出をいただいても
「宅配が受付するころにはこちらでも買えるだろうから」
と有難くお礼をいうに留めていた。
実際、みなちゃんからの支援物資もそのころにはこちらでも確かに手に入るものもたくさんあった。
でも!
スーパーでは「おひとり様10品まで」など購入制限があるうえ、入店まで1時間から2時間待ちなんてこともある。
貴重な10品を選ぶのに、菓子などの嗜好品にはどうしても手が出せない。
「これ必要だけど、こっちが優先」という振り分けで
買い物かご入りを諦めた品々がいくつあったことか。
20品買うために一度会計を済ませもう一度行列につく気には、とてもじゃないがなれないし。
だから、
「みなちゃ~ん、これこっちでも買えるよ~、おい」
などと一人突っ込みながら、
気持ちだけでなく本当に有難かった。「これ、本当は欲しかったんだよ、わーーーん」って。
こんなこともあった。
やはり学生時代の友人からどかんと20キロの箱が届いた!
こちらもさまざまな支援物資に混ざって
業者用?という大袋の強力粉とドライイーストが入っている。
送り主の友人からは二日前に電話をもらって、10年ぶりくらいで話したばかりだった。
すぐに電話して
「私、パン焼き用の強力粉とドライイーストが手に入らなくて困ってたんだよ!!、何で知ってるの??」
と聞く。
京子が大笑いする。
「だから送ったんだよ~」
久々の会話に夢中になって気づかなかったのだけれど、京子は私が何を必要としているか
私との会話でちゃんと考えていてくれていたわけだ。
(震災中パンが買えず、かといってパンを焼こうにも、手持ちの粉が尽きて以降、小麦粉類が全く品切れで入手できなかったのです。いつの間にそんな話をしたのかしら・・・汗)
そのほか、
学生時代の友人で音楽関係の仕事に携わる因幡君の申し出には
うちのお客様の被災による窮状を伝えて
ツイッターでの情報発信をしていただいたり、
「震災とか関係なしね」
と地元の名物を送ってくれる人がいたり。
うちなんて本当に大したことないのに。
どうやってお礼をしたらいいのか
わかりません。
メールや手紙や電話や
いろんな形で
夫や私の懐かしい友人が連絡をくれた。
このブログでも、見知らぬ私を案じてくださった皆さんがいる。
本当に有難い。
有難うございます。
何回言っても言い足りません。
この感謝をどのように表したらいいのかわかりませんが
私なりの貢献をすることで
お返しとさせていただくことを
許していただきたいと思っています。
専門分野でのわずかばかりの貢献ですが、
機会がある限り続けていきたいと思っています。
ある日大きな段ボールが届く。
東京に住む、
学生時代の友人からだ。
すぐにあけると
出てくる出てくる、支援物資。
レトルト食品や軍手やマスク、
お菓子に日持ちするお惣菜に缶詰。
そして銀座ウエストのリーフパイの詰め合わせ。
「こんな時に役に立つのか、迷惑にならないか、
わからないけれど、いてもたってもいられなく、
手当たり次第送ります。
甘党の私なので、つい甘いものが多くなっちゃいました。」
そんな手紙が添えてある。
「みなちゃ~~~~~ん(涙)」
泣きました。
まずは気持ちが嬉しくて。
まるでお母さんみたいじゃないか!
当初被災地宛の荷物の発送は受け付けられなかったと
千葉に住む母から聞いていた。
「送ろうと思ったら断られちゃったのよ」
まったくそのとおりで、
宅配便が届かないうちは物流がうまく回らないから被災地はモノ不足で
逆に、宅配便が回復するころには、被災地でも大抵のものが手に入るようになっている。
だから、たくさんの人から必要なものを送るという有難いお申し出をいただいても
「宅配が受付するころにはこちらでも買えるだろうから」
と有難くお礼をいうに留めていた。
実際、みなちゃんからの支援物資もそのころにはこちらでも確かに手に入るものもたくさんあった。
でも!
スーパーでは「おひとり様10品まで」など購入制限があるうえ、入店まで1時間から2時間待ちなんてこともある。
貴重な10品を選ぶのに、菓子などの嗜好品にはどうしても手が出せない。
「これ必要だけど、こっちが優先」という振り分けで
買い物かご入りを諦めた品々がいくつあったことか。
20品買うために一度会計を済ませもう一度行列につく気には、とてもじゃないがなれないし。
だから、
「みなちゃ~ん、これこっちでも買えるよ~、おい」
などと一人突っ込みながら、
気持ちだけでなく本当に有難かった。「これ、本当は欲しかったんだよ、わーーーん」って。
こんなこともあった。
やはり学生時代の友人からどかんと20キロの箱が届いた!
こちらもさまざまな支援物資に混ざって
業者用?という大袋の強力粉とドライイーストが入っている。
送り主の友人からは二日前に電話をもらって、10年ぶりくらいで話したばかりだった。
すぐに電話して
「私、パン焼き用の強力粉とドライイーストが手に入らなくて困ってたんだよ!!、何で知ってるの??」
と聞く。
京子が大笑いする。
「だから送ったんだよ~」
久々の会話に夢中になって気づかなかったのだけれど、京子は私が何を必要としているか
私との会話でちゃんと考えていてくれていたわけだ。
(震災中パンが買えず、かといってパンを焼こうにも、手持ちの粉が尽きて以降、小麦粉類が全く品切れで入手できなかったのです。いつの間にそんな話をしたのかしら・・・汗)
そのほか、
学生時代の友人で音楽関係の仕事に携わる因幡君の申し出には
うちのお客様の被災による窮状を伝えて
ツイッターでの情報発信をしていただいたり、
「震災とか関係なしね」
と地元の名物を送ってくれる人がいたり。
うちなんて本当に大したことないのに。
どうやってお礼をしたらいいのか
わかりません。
ストーブ調理
水は二つの意味で節約する必要があった。
不安定な移動式給水所ではなく、
近所の集会所の水道から24時間給水が受けられるとはいえ、
給水の手間を考えれば大切に使わざるを得ない。
また一方、
震災で市の下水処理施設に大きな被害があり
下水処理能力が著しく低下していること。
我が家は高台にあるので大丈夫なのだが、
低地の住宅地では処理しきれない下水がマンホールから溢れるなどの被害も出始めていた。
自分のところが大丈夫だからとじゃかじゃか下水を流すわけには参らぬ。
だからひたすら水を使いまわすことに気を配る。
使いまわす、というか、もはや、使い倒す、
くらいの勢いだ。
しかし、漫然と蛇口から出る水を使っていたころより
調理も洗い物もなんだか楽しい。
不謹慎だが、おままごとみたいなのだ。
工夫するって楽しい。
さて、ストーブ調理。
はじめはレトルトパウチの温め程度だったのが、
どんどんレパートリーを増やした。
カレー、シチューは言うに及ばず。
豚汁、納豆汁などの汁物類。
切り干し大根、ヒジキの煮物は乾物利用なのでよく作った。
鮭のホイル焼きや干物も楽しんだし、
焼き芋も手軽で美味しかった。
牛丼、親子丼、肉じゃがも作りました。
鍋焼きうどんもいい塩梅に出来上がる。
炒め調理と揚げ物以外はなんでもできる!
とりあえず材料を鍋に入れて
ストーブにかけておくだけですからね。
たまに覗き込んで水加減して味をつけるだけ。
時間はそこそこかかるので
もっぱら調理は夜。
夕飯の後鍋を仕掛けて置いて、寝る前に調味し、朝食べる。
だからストーブ調理のころはなんだか毎朝ごちそうでした。
「なに、これ、朝ご飯??」
って。
そのかわり、
昼間は忙しいので帰宅してすぐに食べるものしか食べられないから
夜は質素。
かえって、健康にはいいんじゃないかな。
震災中、甘味に飢えて、
余っていた白玉をストーブの湯でゆでて、
摺ったごまとお砂糖をまぶして食べてるまめな自分には、
「食い意地って、すごい」
と思ったものです。
(小豆を入手してからはストーブお汁粉は定番となりました)
不安定な移動式給水所ではなく、
近所の集会所の水道から24時間給水が受けられるとはいえ、
給水の手間を考えれば大切に使わざるを得ない。
また一方、
震災で市の下水処理施設に大きな被害があり
下水処理能力が著しく低下していること。
我が家は高台にあるので大丈夫なのだが、
低地の住宅地では処理しきれない下水がマンホールから溢れるなどの被害も出始めていた。
自分のところが大丈夫だからとじゃかじゃか下水を流すわけには参らぬ。
だからひたすら水を使いまわすことに気を配る。
使いまわす、というか、もはや、使い倒す、
くらいの勢いだ。
しかし、漫然と蛇口から出る水を使っていたころより
調理も洗い物もなんだか楽しい。
不謹慎だが、おままごとみたいなのだ。
工夫するって楽しい。
さて、ストーブ調理。
はじめはレトルトパウチの温め程度だったのが、
どんどんレパートリーを増やした。
カレー、シチューは言うに及ばず。
豚汁、納豆汁などの汁物類。
切り干し大根、ヒジキの煮物は乾物利用なのでよく作った。
鮭のホイル焼きや干物も楽しんだし、
焼き芋も手軽で美味しかった。
牛丼、親子丼、肉じゃがも作りました。
鍋焼きうどんもいい塩梅に出来上がる。
炒め調理と揚げ物以外はなんでもできる!
とりあえず材料を鍋に入れて
ストーブにかけておくだけですからね。
たまに覗き込んで水加減して味をつけるだけ。
時間はそこそこかかるので
もっぱら調理は夜。
夕飯の後鍋を仕掛けて置いて、寝る前に調味し、朝食べる。
だからストーブ調理のころはなんだか毎朝ごちそうでした。
「なに、これ、朝ご飯??」
って。
そのかわり、
昼間は忙しいので帰宅してすぐに食べるものしか食べられないから
夜は質素。
かえって、健康にはいいんじゃないかな。
震災中、甘味に飢えて、
余っていた白玉をストーブの湯でゆでて、
摺ったごまとお砂糖をまぶして食べてるまめな自分には、
「食い意地って、すごい」
と思ったものです。
(小豆を入手してからはストーブお汁粉は定番となりました)
水水水
震災の日の朝食は前日の晩の肉豆腐の残りを卵でとじた肉豆腐丼。
汁を卵でとじるので、鍋にこびりつき洗いにくい。
すぐには落ちないので、水を張ってそのまま仕事に行った。
そして、あの震災。
で、断水。
朝、洗うのに手が回らなかった食器とともに焦げ付いた鍋が
断水してどうにもならなくなった台所に放置されている。
我が家は私か娘のどちらか帰宅の早いほうが夜の台所の支度をする。
その時朝の洗い物が残っていればそれもする。
だもんで、朝忙しいときには無理して茶碗を洗わない。
これが災いした。
被災後は食器にラップを張って使用しているので基本的に汚れ物はないが
それでもカレーなどどうにもならないものは食器を使っているので汚れ物は増えている。
これのおかげでどうにもさっぱりしない。
気分がよろしくない。
早く、水復旧しないかなあ~と思っていたら
テレビの避難所の映像で、
ためた水で食器を洗っているではないか。
あ、そうか。
今や水は集会所に行けばいくらでももらえるんだ。
台所の蛇口からでなくったって、
工夫すれば洗えるんじゃん。
今回はこういうタイプのボケが多すぎだ。
そう、洗えます。
はい、早速洗います。
蛇口付のタンクを台所に設置し、
細々と水を流して汚れ物を洗う。
もったいないからためた水で十分濡らして
丁寧に丁寧に。
すすぎの水も捨てずにためて、ざるで濾してトイレのタンクへ。
泡が出たって気にしない。
普段はお湯で洗っているから当然水は冷たいけれど
蛇口からの水ではなくためた水なので
それでもそこまで冷たくはなかったことを
水道復旧後、ガスが復旧するまでの水洗いで実感した。
なんでもあとから気づくんです。
そういうものです。
食器が洗える
となってから随分さっぱりしたし、
できることが増えた。
なんとここから私のストーブ調理は格段の進歩を遂げるのだ。
何事も、取り組み方次第。
学びました。
汁を卵でとじるので、鍋にこびりつき洗いにくい。
すぐには落ちないので、水を張ってそのまま仕事に行った。
そして、あの震災。
で、断水。
朝、洗うのに手が回らなかった食器とともに焦げ付いた鍋が
断水してどうにもならなくなった台所に放置されている。
我が家は私か娘のどちらか帰宅の早いほうが夜の台所の支度をする。
その時朝の洗い物が残っていればそれもする。
だもんで、朝忙しいときには無理して茶碗を洗わない。
これが災いした。
被災後は食器にラップを張って使用しているので基本的に汚れ物はないが
それでもカレーなどどうにもならないものは食器を使っているので汚れ物は増えている。
これのおかげでどうにもさっぱりしない。
気分がよろしくない。
早く、水復旧しないかなあ~と思っていたら
テレビの避難所の映像で、
ためた水で食器を洗っているではないか。
あ、そうか。
今や水は集会所に行けばいくらでももらえるんだ。
台所の蛇口からでなくったって、
工夫すれば洗えるんじゃん。
今回はこういうタイプのボケが多すぎだ。
そう、洗えます。
はい、早速洗います。
蛇口付のタンクを台所に設置し、
細々と水を流して汚れ物を洗う。
もったいないからためた水で十分濡らして
丁寧に丁寧に。
すすぎの水も捨てずにためて、ざるで濾してトイレのタンクへ。
泡が出たって気にしない。
普段はお湯で洗っているから当然水は冷たいけれど
蛇口からの水ではなくためた水なので
それでもそこまで冷たくはなかったことを
水道復旧後、ガスが復旧するまでの水洗いで実感した。
なんでもあとから気づくんです。
そういうものです。
食器が洗える
となってから随分さっぱりしたし、
できることが増えた。
なんとここから私のストーブ調理は格段の進歩を遂げるのだ。
何事も、取り組み方次第。
学びました。
水水
同じ町内でも環状線を挟んだあちらの地区では水が出たらしいという
噂が聞こえてくる。
そういえば今日はこちらの街区でも仙台市水道局の車を数台見かけている。
水の復旧は近いぞ!
期待が高まる。
しかしこの期待はあっけなく崩れ去る。
なんでもここの地域に大きな水道管の破損があり
復旧にはかなりかかるという町内会の正式情報が流れてきたのだ。
テレビやラジオの生活関連情報でも
水道復旧の見通しとして
わが地区は最後の最後
3月末日と報じられている。
おおとりじゃないか。
美空ひばりか、さぶちゃんか、
と考えた私の喩は古すぎか。
ただ、徒歩2分の集会所の外水道が使えるとのことで、
それからはここが
給水場であり、
社交場であり、
情報交換の場であり、
ストレス解消の場であり、
懐旧の場
となったのだ。
ここで会うご近所さんたち、
みんな元気。
「家事しないし、毎日日曜日よ~」
「うちの息子、貴重な水で毎日髪洗うのよ!彼女でもできたのかしら??」
(福島県いわき市に住むお母さんの心配をされた友達が笑いながら)
「毎日家の中でヘルメットかぶってるらしいのよ!兄の勤め先は屋内退避区域の高校なんだけど、水が出るからって、毎日家の洗濯物持たされて出勤してるんだって!」
ここで笑い合っていると
給水待ちもあっという間。
どんな気持ちで現状に向き合うかって
大切だな、と思った。
噂が聞こえてくる。
そういえば今日はこちらの街区でも仙台市水道局の車を数台見かけている。
水の復旧は近いぞ!
期待が高まる。
しかしこの期待はあっけなく崩れ去る。
なんでもここの地域に大きな水道管の破損があり
復旧にはかなりかかるという町内会の正式情報が流れてきたのだ。
テレビやラジオの生活関連情報でも
水道復旧の見通しとして
わが地区は最後の最後
3月末日と報じられている。
おおとりじゃないか。
美空ひばりか、さぶちゃんか、
と考えた私の喩は古すぎか。
ただ、徒歩2分の集会所の外水道が使えるとのことで、
それからはここが
給水場であり、
社交場であり、
情報交換の場であり、
ストレス解消の場であり、
懐旧の場
となったのだ。
ここで会うご近所さんたち、
みんな元気。
「家事しないし、毎日日曜日よ~」
「うちの息子、貴重な水で毎日髪洗うのよ!彼女でもできたのかしら??」
(福島県いわき市に住むお母さんの心配をされた友達が笑いながら)
「毎日家の中でヘルメットかぶってるらしいのよ!兄の勤め先は屋内退避区域の高校なんだけど、水が出るからって、毎日家の洗濯物持たされて出勤してるんだって!」
ここで笑い合っていると
給水待ちもあっという間。
どんな気持ちで現状に向き合うかって
大切だな、と思った。
水
普段意識せず、
人は一日に何回手を洗っているのだろう。
断水でトイレや飲料に困るのはもちろんだが
ふっと手を洗おうと思って立ち止まる回数が多いことに我ながら驚いた。
インフルエンザ対策で買っている噴霧式の消毒液で
手は一応清潔にできているはずだが
やはり水で洗い流せないのはさっぱりしないものだ。
3月15日頃には
浴槽に貯めた水は
寒い時期とはいえ少しぬるっとしてきているような気がして、
手洗いは給水してきた水ですることにしていた。
限りある水なので
軽い手洗い後の水はトイレの流し用に使うためにバケツに貯めておく。
腰高のスツールにアウトドア用のタンク(蛇口付)を置いて、
下にはバケツを設置している。
スツールはビニール袋で水の飛び散りを防ぐ細工をし、
周りにもブルーシートやらを敷き詰めているが
それなりに便利な水場となる。
トイレの水では最初うっかりしていた。
用を足すと便器のほうから水を流していたのだ。
何のことはないトイレのタンクに水を入れ
普通にレバーを引いて流せばいいのに。
これに気付いたのは、
買い物で列を作っているときに
前にいた初対面の奥さんと
後ろにいたこれも初対面の大学生のお兄ちゃんと
話していた時だ。(行列万歳)
二人の家は水洗トイレでもタンク式ではないのですって!
今時のはそうなんですね~。
タンク式、しかも上部に手洗い付ならそこから水入れられるからいいいよね、
といわれ、目からうろこだったのです。
自宅に戻り今日の発見を報告する。
すると息子が
「トイレのタンクの水はいざという時に飲めるから変なものは入れるなってテレビで言ってたよ」
といって、タンクを通しての給水に難色を示す。
せっかくの案を却下されかけた私が、息子と一緒にタンクを開けて覗く。
・・・二人同時に顔を見合わせ、
「はい、上から水、OKです。」
築17年と半年の家のトイレタンクの内部。
想像がつきますね(^^;)
人は一日に何回手を洗っているのだろう。
断水でトイレや飲料に困るのはもちろんだが
ふっと手を洗おうと思って立ち止まる回数が多いことに我ながら驚いた。
インフルエンザ対策で買っている噴霧式の消毒液で
手は一応清潔にできているはずだが
やはり水で洗い流せないのはさっぱりしないものだ。
3月15日頃には
浴槽に貯めた水は
寒い時期とはいえ少しぬるっとしてきているような気がして、
手洗いは給水してきた水ですることにしていた。
限りある水なので
軽い手洗い後の水はトイレの流し用に使うためにバケツに貯めておく。
腰高のスツールにアウトドア用のタンク(蛇口付)を置いて、
下にはバケツを設置している。
スツールはビニール袋で水の飛び散りを防ぐ細工をし、
周りにもブルーシートやらを敷き詰めているが
それなりに便利な水場となる。
トイレの水では最初うっかりしていた。
用を足すと便器のほうから水を流していたのだ。
何のことはないトイレのタンクに水を入れ
普通にレバーを引いて流せばいいのに。
これに気付いたのは、
買い物で列を作っているときに
前にいた初対面の奥さんと
後ろにいたこれも初対面の大学生のお兄ちゃんと
話していた時だ。(行列万歳)
二人の家は水洗トイレでもタンク式ではないのですって!
今時のはそうなんですね~。
タンク式、しかも上部に手洗い付ならそこから水入れられるからいいいよね、
といわれ、目からうろこだったのです。
自宅に戻り今日の発見を報告する。
すると息子が
「トイレのタンクの水はいざという時に飲めるから変なものは入れるなってテレビで言ってたよ」
といって、タンクを通しての給水に難色を示す。
せっかくの案を却下されかけた私が、息子と一緒にタンクを開けて覗く。
・・・二人同時に顔を見合わせ、
「はい、上から水、OKです。」
築17年と半年の家のトイレタンクの内部。
想像がつきますね(^^;)
早耳
ガソリン、水
これは何としても必要だったものだ。
電気が復旧してもこれは手に入れなければ生活できない。
この調達には夫が大活躍した。
なぜか彼はついている。
非常についている。
もともとついている人だなんだけど(笑)
今回もそのとおりであった。
まず水。
これは継続的に入手せねばならない。
生活用水は浴槽にあるが
トイレや簡単な洗濯である程度減っているし、
飲み水はしっかりためておきたい。
給水車情報で朝一番で出かけるも
「いつ来るかわからない」
という。
仕方なく、ほかの人がしているように、給水用のジャグを一つ
順番待ちの列に置いて戻る。
その日は次の奇跡が起こり、
水を確保することができたため
夕方夫がジャグ回収に向かったところ
「〇〇小学校では普通に水が出るらしいよ」
というほかの人の会話を耳にする。
半信半疑で向かってみると
なんと外水道でジャンジャン水が出ている。
しかも蛇口が8つ!
だれも並んでいない!
なぜか仙台市の生活情報でも流れていない情報だった。
ただ、この時の会話を仙台市の職員が聞いていてその人に詳しく聞いていたので
すぐに情報が流れるだろうと夫が言ったとおりラジオで伝えていたが、
何しろ蛇口8つですからね、これはすごい。
というわけで水の確保は確実となった。
やれやれ。
ただ、欠点はこの小学校が少し遠いこと。
いや車で15分くらいの距離、普段なら何でもないけれど
ガソリンを無駄にしたくない今はそれも惜しい。
そしてガソリン、
基本的に2台とも最近給油してあったので危機的な状況ではなかったが
減る一方なのは不安だ。
これについてはミラクルが起きる。
このころ給油待ちの列は数十キロが当たり前。
この列はあそこのスタンドかな?
というのがほとんどはずれで
その先の先の先の先のスタンドから続く列
なんてことばかり。
8時間待ちとか、夜中から並んでいるとか当たり前。
その挙句限定10リットルなんていうのだから本当に大変だったのだ。
ところが夫が水を確保してきたその日、
行きに通りかかったとき、
緊急車両限定との看板を掲げていてロープを張っているため
行列のないスタンドが、
帰りに通りかかったときロープを夫の目の前で外し始めたのだ。
急停車し声をかけると、
なんとOKとのこと!
信じられないミラクルで
それでも10リットルだけだったけれど
待ちもせずに給油できた夫を
ついている
といわずに
何と言おうか。
「これは人のために役立てと
何かに生かされているってことだろうな、
このお返しはせにゃならん」
そのとおり、彼はいま自分の専門性を生かし
頑張っています。
これは何としても必要だったものだ。
電気が復旧してもこれは手に入れなければ生活できない。
この調達には夫が大活躍した。
なぜか彼はついている。
非常についている。
もともとついている人だなんだけど(笑)
今回もそのとおりであった。
まず水。
これは継続的に入手せねばならない。
生活用水は浴槽にあるが
トイレや簡単な洗濯である程度減っているし、
飲み水はしっかりためておきたい。
給水車情報で朝一番で出かけるも
「いつ来るかわからない」
という。
仕方なく、ほかの人がしているように、給水用のジャグを一つ
順番待ちの列に置いて戻る。
その日は次の奇跡が起こり、
水を確保することができたため
夕方夫がジャグ回収に向かったところ
「〇〇小学校では普通に水が出るらしいよ」
というほかの人の会話を耳にする。
半信半疑で向かってみると
なんと外水道でジャンジャン水が出ている。
しかも蛇口が8つ!
だれも並んでいない!
なぜか仙台市の生活情報でも流れていない情報だった。
ただ、この時の会話を仙台市の職員が聞いていてその人に詳しく聞いていたので
すぐに情報が流れるだろうと夫が言ったとおりラジオで伝えていたが、
何しろ蛇口8つですからね、これはすごい。
というわけで水の確保は確実となった。
やれやれ。
ただ、欠点はこの小学校が少し遠いこと。
いや車で15分くらいの距離、普段なら何でもないけれど
ガソリンを無駄にしたくない今はそれも惜しい。
そしてガソリン、
基本的に2台とも最近給油してあったので危機的な状況ではなかったが
減る一方なのは不安だ。
これについてはミラクルが起きる。
このころ給油待ちの列は数十キロが当たり前。
この列はあそこのスタンドかな?
というのがほとんどはずれで
その先の先の先の先のスタンドから続く列
なんてことばかり。
8時間待ちとか、夜中から並んでいるとか当たり前。
その挙句限定10リットルなんていうのだから本当に大変だったのだ。
ところが夫が水を確保してきたその日、
行きに通りかかったとき、
緊急車両限定との看板を掲げていてロープを張っているため
行列のないスタンドが、
帰りに通りかかったときロープを夫の目の前で外し始めたのだ。
急停車し声をかけると、
なんとOKとのこと!
信じられないミラクルで
それでも10リットルだけだったけれど
待ちもせずに給油できた夫を
ついている
といわずに
何と言おうか。
「これは人のために役立てと
何かに生かされているってことだろうな、
このお返しはせにゃならん」
そのとおり、彼はいま自分の専門性を生かし
頑張っています。
電気復旧
ご飯はレトルトだし、
洗い物はできないし、
お風呂には入らないし、
夜はやることがなくてさっさと寝る。
あれ?私、いつもよりずっと楽ちんかも!?
怠け心が鎌首をもたげる。
公認された怠け主婦だ。
翌朝、ストーブの湯で温タオルを作り顔をふく。
洗濯ができないので各自一枚を大切に使おうということになり
それぞれのタオルを畳み、1面だけで用を足す。
この辺は子どものほうがいろいろルールを決めて私たちに強制してくる(笑)
曰く
「おかあも守ってよ!」
はいはい。
さて、本日は買い物部隊は食品スーパー、ホームセンターへと別れて出立する。
子どもたちが随分と戦力になった。
家で片づけをしていると友達からメール
「電気復旧
」
急いでブレーカーを立ち上げスイッチを入れると・・・
点灯!
ブレーカーを落としていたから
メールがなければ気づかないところだった。
そして、電気が一番早いとは噂では聞いていたけれど
その通りだった。
これでご飯も炊けるし、パンも焼ける。
お湯もポットで沸かせる。
かなり生活が改善するだろう。
なんといっても夜明るく過ごせるのだ!
そしてテレビ。
近所ではテレビが壊れたお宅も多かったけれど
うちは無事だったので早速今日から視覚からも情報が入ることになる。
とはいえ、ラジオはやっぱり身に着けて過ごしたけれど。
急いでご飯を炊く。
電気はもう大丈夫、とはどうしても思えなくて
停電に備える。
一升炊きの炊飯器が炊き上げるたびに次々炊いて
冷凍ご飯をたくさん仕込んだ。
停電がなければ電子レンジでいつでも食べられるし、
停電になればストーブの鍋でおじやが作れる。
そう思って炊き出しのようにたくさん炊いた。
洗い物はできないし、
お風呂には入らないし、
夜はやることがなくてさっさと寝る。
あれ?私、いつもよりずっと楽ちんかも!?
怠け心が鎌首をもたげる。
公認された怠け主婦だ。
翌朝、ストーブの湯で温タオルを作り顔をふく。
洗濯ができないので各自一枚を大切に使おうということになり
それぞれのタオルを畳み、1面だけで用を足す。
この辺は子どものほうがいろいろルールを決めて私たちに強制してくる(笑)
曰く
「おかあも守ってよ!」
はいはい。
さて、本日は買い物部隊は食品スーパー、ホームセンターへと別れて出立する。
子どもたちが随分と戦力になった。
家で片づけをしていると友達からメール
「電気復旧
急いでブレーカーを立ち上げスイッチを入れると・・・
点灯!
ブレーカーを落としていたから
メールがなければ気づかないところだった。
そして、電気が一番早いとは噂では聞いていたけれど
その通りだった。
これでご飯も炊けるし、パンも焼ける。
お湯もポットで沸かせる。
かなり生活が改善するだろう。
なんといっても夜明るく過ごせるのだ!
そしてテレビ。
近所ではテレビが壊れたお宅も多かったけれど
うちは無事だったので早速今日から視覚からも情報が入ることになる。
とはいえ、ラジオはやっぱり身に着けて過ごしたけれど。
急いでご飯を炊く。
電気はもう大丈夫、とはどうしても思えなくて
停電に備える。
一升炊きの炊飯器が炊き上げるたびに次々炊いて
冷凍ご飯をたくさん仕込んだ。
停電がなければ電子レンジでいつでも食べられるし、
停電になればストーブの鍋でおじやが作れる。
そう思って炊き出しのようにたくさん炊いた。
帰る
避難所には2晩お世話になり、
帰宅を決めた。
自宅が整ったこともあるが、
我が家程度の被災でいつまでもお世話になることが心苦しくなってきたことが大きい。
その頃には、新聞、ラジオの情報で各地の様子がだんだんわかってきたから。
避難者名簿に帰宅を記し、
本部である職員室にあいさつに向かうと
息子の大好きな山崎先生にちょうど会えた。
帰宅する旨伝えると、ライフラインのことを案じてくださる。
「なんとかなると思います」と答える。
相変わらず余震は頻繁で揺れも大きく、
ライフラインは途絶したまま見通しも立たない。
避難所にいれば倒壊の恐怖はなく、
暇なときには友人と
トランプをしたりおしゃべりをしたりしていた息子が、
一番落ち込んだ。
明るいうちはまあいいが、
陽が落ち気温が下がってくると、
昨日まで友人一家や同室の方々と和気藹藹と会話していた反動で
どーんとさみしい感じはする。
2000年問題に備え購入したまま一度も使っていなかった反射板式の灯油ストーブを押し入れから発掘(!)していたので、とりあえず寒くはない。
帰宅を決めて、家族4人で調達した飲料水もそこそこあるので、
ストーブにかければお湯が沸くから暖かいものも食べられる。
それでもなんだか溜息モードの息子に、娘が少しばかりイライラしてきたころ、
息子に着信がある。
高校の部活の仲間だ。
なんでも自宅マンションは中がめちゃくちゃでいられないが、
お父上が経営している学習塾のうち、
街中で県庁や県警など行政機能が集中している地区にある教室では
水も電気も回復したという。
「大変だったらここに来ないか?」
というお誘いであった。
移動のこともあるので行きはしなかったが、
この電話一本で息子の表情が別人のように明るくなって元気になった。
「なんか、元気でたわ、早く学校行きたいなー」
友達の力って、すごい。
本当に有難い。
暗闇で昼間調達したレトルトカレーを食べていると
玄関をノックする音がする。
こんな時にだれ??
と思ったらまゆみさん。
なんでも街中に住む娘さんのマンションは水も電気も回復したから、と、
水をどっさり持ってきてくれたのだ。
この後も、水道管の大規模破損で水道復旧が遅れたわが地区の窮状を知る娘の友達やら
いろんな方がお水を届けてくれた。
お客さんも心配してくださった。
本当に本当にみんなありがとう!
このことはしっかり心に刻みたい。
帰宅を決めた。
自宅が整ったこともあるが、
我が家程度の被災でいつまでもお世話になることが心苦しくなってきたことが大きい。
その頃には、新聞、ラジオの情報で各地の様子がだんだんわかってきたから。
避難者名簿に帰宅を記し、
本部である職員室にあいさつに向かうと
息子の大好きな山崎先生にちょうど会えた。
帰宅する旨伝えると、ライフラインのことを案じてくださる。
「なんとかなると思います」と答える。
相変わらず余震は頻繁で揺れも大きく、
ライフラインは途絶したまま見通しも立たない。
避難所にいれば倒壊の恐怖はなく、
暇なときには友人と
トランプをしたりおしゃべりをしたりしていた息子が、
一番落ち込んだ。
明るいうちはまあいいが、
陽が落ち気温が下がってくると、
昨日まで友人一家や同室の方々と和気藹藹と会話していた反動で
どーんとさみしい感じはする。
2000年問題に備え購入したまま一度も使っていなかった反射板式の灯油ストーブを押し入れから発掘(!)していたので、とりあえず寒くはない。
帰宅を決めて、家族4人で調達した飲料水もそこそこあるので、
ストーブにかければお湯が沸くから暖かいものも食べられる。
それでもなんだか溜息モードの息子に、娘が少しばかりイライラしてきたころ、
息子に着信がある。
高校の部活の仲間だ。
なんでも自宅マンションは中がめちゃくちゃでいられないが、
お父上が経営している学習塾のうち、
街中で県庁や県警など行政機能が集中している地区にある教室では
水も電気も回復したという。
「大変だったらここに来ないか?」
というお誘いであった。
移動のこともあるので行きはしなかったが、
この電話一本で息子の表情が別人のように明るくなって元気になった。
「なんか、元気でたわ、早く学校行きたいなー」
友達の力って、すごい。
本当に有難い。
暗闇で昼間調達したレトルトカレーを食べていると
玄関をノックする音がする。
こんな時にだれ??
と思ったらまゆみさん。
なんでも街中に住む娘さんのマンションは水も電気も回復したから、と、
水をどっさり持ってきてくれたのだ。
この後も、水道管の大規模破損で水道復旧が遅れたわが地区の窮状を知る娘の友達やら
いろんな方がお水を届けてくれた。
お客さんも心配してくださった。
本当に本当にみんなありがとう!
このことはしっかり心に刻みたい。
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